今読んでいる本↓
に、「わずかな気配りでも、大いに喜ばれる」という項がある。
私は結構、気が付く人間だと思う。自分で言うのはあれかも知れんが。
周囲の気配、様子をよく伺っているというか・・・
たぶんそれは、自分の周りの人の反応が気になるからだと思う。どこか過敏に、臆病になっているのかも知れない。
人に気を配るときは、まず、気が付けるかどうかが大事な点だと思う。どんなことでも。
その人がとても嬉しそうだったり、悲しそうだったり、何か悩んでそうだったり、落ち込んでいたり。色々ある。
駅や普段歩いてるときなんかでも、全然知らない人でも、その人を見ていると、何か困ってるな?って解ったりすることはある。
でも、そこからが私のいけないところ。
全然知らない人だったら、やっぱり声は掛け辛い。
全然知らない人への親切も簡単にできてしまう人はいるのかも知れないけれど。
でも私は、知らない人も去ることながら、知っている人にも声を掛けられないことが多い。
本当に仲がいい人にはできるけど、たまたま一緒のグループになった人とか、付き合いの浅い人とかにはあまりできない。
どうしてだろう。
自分の損得を考えてしまうのだろうか・・・??
私には、自分の利益にならないことはやらない、ってところがある。
それじゃいけない、って思ってはいるけど、何故か行動に移せない。やっぱり損得勘定の働きが大きい?
でもこの本を読んで、改めて思った。
人といい関係をつくろうとしても、損得ばっかり考えてたら、人から十分な信用は得られない。
配慮してしたことが、結果として本当に損になってしまうこともあるかも知れない。
「満面の笑みで話しかけたのに何あの態度!!ヽ(`Д´)ノ」みたいな。笑顔の損?笑
けど、それで金銭的損をするわけでもないし。私が心を広くすれば済む話なんだ。うん。
学生だから、ある程度は自分と気の合う人とだけ付き合っていられる。でも社会ではそんなこと、言ってられないもんだと思う。
大きな失敗になってしまわない内に、学生の今こそいっぱいトライして失敗しておかなければ(;`ω´)もっと広い心で人に接することが出来るように。
1つ、新たな決意をしたshizukiであった。
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